神田明神

踵にウイルス性のイボが再発。イボとはおそらく20年ほどの付き合いになる。液体窒素で焼いて取り除いては再発を繰り返していたが、この6年ほどは落ち着いていた。通院するなら職場から近い方が良いので、休みなのに職場に近い皮膚科を訪ねた。案の定、液体窒素で焼く治療を施された。

ついでなので、神田明神へ。職場から徒歩圏内だが、初めて訪れた。そもそも、休日に都心に行くことが珍しい。

神社に来ると、由緒が気になる体質。

なるほど。創建は730年。

平城京が710年なので、平城京ができてから20年というところ。私のイボとの付き合いくらいの期間か。

御祭神はオオクニヌシとコトシロヌシと平将門。

平将門(没年940年)だけ異質だが、おそらく、関東地方で勢力を伸ばし、新皇を名乗って天皇に対抗して討たれ、平安京で晒されていた将門の首が、今の大手町まで飛んで行ったとされており、その大手町のところに神田明神があった(後に今の場所に移転)、ということで、後付けで祀られていると考えられる。

ただ、平将門は桓武天皇の子孫とのこと。前にも書いたとおり、阿波から天皇家のファミリーが関東に進出してきた流れがあり、平将門もその流れの中にいたのだろう。

阿波からやってきたのは、オオクニヌシ、その子のコトシロヌシをルーツにする勢力だ。

関東に大きな前方後円墳を作ってきた勢力のその後が平将門と考えられるので、御祭神がオオクニヌシとコトシロヌシと平将門というのは、なるほど、と思った。

江戸時代に大都市として発展しただけあり、立派な社殿だ。

大黒様。つまりオオクニヌシ。

少彦名命。つまりコトシロヌシ。航海術に長けた海洋民族なのだ。

資料館にも行ってみた。

江戸時代の神田祭のジオラマ。

ん?先頭の人は阿波踊り?やはり阿波と関係が?というか、阿波との関係を意識していたのか?

神様を移して運ぶ。

これは現代の神田祭。巨大なネズミのような生き物がいるが…

帰りに、御茶ノ水の聖橋から。新海誠の「すずめの戸締り」に登場する風景。

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