剣山~秘宝~

これは小説です
無断転載・複製・アップロード禁止

【1】

気付いたら山頂にいた。

笹原の広がるなだらかな山頂。
なんども登ったことのある剣山の山頂だ。
先週も登っている。

あれ?まだ山頂手前にいたはずなんだけど、途中の記憶が飛んでいる。
ヤバイな。途中でバテてしまって記憶が飛んでしまったのだろうか?いや、登山口から約1時間で登れる初心者向きの山だ。バテるわけがないし、現にバリバリ元気で、意識もはっきりしている。意識がはっきりしているのに記憶が飛んでるって、どういうことだ?

剣山は、標高1955m、徳島県最高、四国第2の高さを誇る。山頂からは、すぐ近くに次郎笈という山が大迫力で見え、この次郎笈に至る稜線が魅力的なので、全国的にも人気の山だ。遠くに三嶺という山も見える。ここも美しい山姿で人気の山だ。

今も、大迫力の次郎笈と遠くに美しい三嶺が見えている。今日は最高のお天気だ。
私はこの辺りの山は何度も登っているし、コースも知り尽くしている。なのに、途中の記憶が飛んでしまっているなんて!
あれ?今日は曇っていたと思うのだが、いつのまに晴れた?
妻に、「今日はお天気が悪いから、山登りはやめたら」って言われたはずだ。
登山口でも薄くガスがかかっていた。

まあいいや。
いつのまにかお天気が回復したのだろう。
せっかくのお天気だ。景色を堪能しながら、弁当を食べよう。

なんかいつもと違う。
笹の様子がおかしい。所々枯れているし、全体的に黄色くなっている。
笹は、60年に一度、花が咲いて一斉に枯れるらしい。その時期なのか?でも、先週登った時にはそんな様子はなかったのだが。
それに、山頂の標識も新しいものに取り替えられているし、笹を保護するための木道も替わっている…のか?え?新しい…か?標識も、木道も、真っ新の木には見えないぞ。でも、先週とは明らかに替わっている。
おかしい。

まあいいや。
下りながらも、なんとなく先週と違う雰囲気を感じた。見慣れているはずなのに、なにかが違う。すれ違う人の服装やザックも、見たことがないデザインだ。

下山して、スマホの山登り用のGPSアプリ『Yマップ』の終了ボタンを押した。
だが、エラーのメッセージが出た。
このアプリはGPSで現在地が分かるし、軌跡を取って、山行記録をネットにアップできるものだ。安全な登山を楽しめるし、ユーザー同士の交流も楽しめるので愛用している。
でも、エラーが出た。
そもそも、スマホの電波が繋がらない。
オフラインでもGPSで現在地が分かるはずだが、現在地も取れていない。GPSが働いていないようだ。

駐車場に行くと、車がいっぱいだった。ゴールデンウィークなので当たり前だ。しかし、見たことのない車ばっかりだ。しかも未来的なデザイン。
乗ってきた愛車のSズキのCプチーノを探したが見つからない。

混乱してきた。

先程からなんとなく考えては否定してきたが、タイムスリップ?
そんなアホな!
そんな小説のようなことがあるか?!

近くにいたお兄さんに聞いてみた。
「今、何年ですか?」
お兄さんは怪訝な顔をしながら言った。
「2039年ですけど」

言葉が出なかった。
20年先の未来なのか…

「悪いけど、一緒に乗せて帰ってくれませんか?」
「え?あなたの乗ってきた車は?」
「いや、どういうわけか無いんですよ」
「どこの車サービスを使ってますか?連絡してみたらどうですか?」
「車サービス?なにそれ?」
「なに?って…みんな車サービスを使ってるじゃないですか?」
「???」
「まあ、良いですけど。どこまで行けば良いですか?」
「徳島市まで行きたいんですけど、良いですか?」
「徳島市なら僕の家と同じですよ。まあ、乗ってください」

なんとか交渉成立。
けど、これからどうしようか。

【2】

案の定、自動運転だった。

「家はどこですか?」

家に帰るのは怖かった。
もし、家に(年老いた)自分がいなければ、『過去』に戻れなかったということだ。
家に帰ったとして、どう説明するのか…。できれば無かったことにしたい。

「ごめん。実は、えらいことになってしまったみたいなんだ」
「???」
「タイムスリップしたみたいで…」
「は…???」
「今、2039年だよね?」
「そうですけど。さっきも言いましたけど」
「2019年から来たんだ」
「そんな小説みたいな…。冗談言わないでくださいよ」
「ほら、このクレジットカード見てよ。有効期限が2024年」
「クレジットカード?あぁ、昔そんなのを使ってましたね。懐かしい。あ!ほんとだ。有効期限が2024年」
「あー、やっぱマジなんだ。君が冗談を言ってれば良いと思ったけど…。やっぱ、20年後か…」
「えー?ちょっとなに言ってんですか?ウソでしょ。えー!マジか」
「…ごめん」
「いや、謝ることではないですけど、どうします?今から?家に連絡は?」
「いや…ちょっと…、怖い」
「じゃあ、落ち着くまで、ウチに来ますか?」
「ありがとう!ほんと申し訳ない。こんなことに巻き込んでしまって。こんな話、信じてくれて」
「いや、あなたのその様子はマジっぽいですからね。でも、そんな小説みたいなことがあるんですね」
「でも、君のご家族の方にどう説明したら良いのか…」
「いや、大丈夫ですよ。独身の一人暮らしですから」
「歳は?」
「30歳ですよ」
「えー!タイムスリップした年に10歳か!」
「そうなりますね」
「なんか、20年という年月が現実を帯びてきたというか…」

「そういえば自己紹介がまだだった。木村といいます。50歳です。よろしく」
「ぼくは坂田です。よろしくお願いします」

20年後のわりには、徳島県の景色は変わらなかった。まあ、そうかもしれない。2019年の20年前の景色も、2019年とそうは変わっていなかったのだから。景色はそんなに変わらないのだ。でも、車は変わっていた。

「さっき言ってた、車サービスってなに?」
「あぁ、そうですよね。僕が子供の頃は個人で車を持っているのが普通でしたからね。今は、車サービスの会社から車をレンタルして使います。ネットで予約すれば自動的に家まで車がやってきます。まあ、徳島県の場合、公共交通機関が無いので、大抵は年間定額で契約していて、ずっと車を家に置いてますけどね」
「公共交通機関が無い?汽車とかバスは?」
「汽車!懐かしーい!徳島県には電車が無い、というのが昔は鉄板ネタでしたからね。今は、その汽車も無くなってしまいましたよ。鉄道もバスも赤字で無くなってしまいました」

そういえば、この道と並行して走っていた線路が無くなっている。
廃線跡のようだ。

「コンビニに寄って晩御飯のお弁当を買っていきますね」

Fミリーマートのお弁当の棚からチキンカツ弁当を2つ取ると、そのまま店外に持ち出した。

「え?それ万引やん?レジは?」
「レジ?あぁ、昔はありましたね。今は、誰が何を買ったかが自動的に判別されて決済されます」

なんだかよく分からないけど、便利っぽい。当たり前か。未来だもの。

家に着くと、玄関の鍵を開けずにそのまま扉を開けた。鍵を掛けていないのか?未来に泥棒はいないのか?

「あぁ、鍵は自動ですよ」

電灯も自動的に点いた。まあ、これは『過去』にもあったか。

「木村さん、当分の間暮らすのに、服とか要りますよね?ネットで適当に注文しておきますね」
「ありがとう。とりあえず、今持っているお金3万円渡すので、これでお願いします」
「へぇ~。福沢諭吉かぁ。懐かしいなぁ」
「念のため聞くけど、この時代、現金は使えるんだよね?」
「使えるけど、懐かしいなと思って。今は渋沢栄一だし、そもそもお札を使う機会もないですね」
「やっぱり、キャッシュレスの時代なんだ」
「はい。注文しておきました」
「え?何もしてないじゃん。スマホとかパソコンで注文するんじゃないの?」
「ああ、昔はそうでしたね。今はスマホは、お年寄りくらいしか使いませんよ。今は大抵の人はブレインチップをこめかみに埋め込んでいます。これで、脳がインターネットに繋がるので、脳の中で注文するのが普通です。ウチもおじいちゃんは、脳に得体の知れないものを埋め込むのは嫌だと言って、いまだにスマホを使ってますよ。まあ、スマホはほぼオワコンです」

そういえば、IoT(Internet of Things)って言ったっけ。物とインターネットが繋がるようになる、って言ってたけど、物だけでなく、脳もインターネットに繋がるとは。

「じゃあ、もうスマホは使わないの?」
「ええ。YouTubeも脳の中で見ますので」
「あっ、YouTubeはあるんだ」
「20年前というと、4Gから5Gに移行するくらいの時期ですよね。IoTや自動運転は5Gで普及して、今は6Gと呼ばれる時代です」
「そういえば、坂田くんの家にはテレビがないね」
「ブレインチップで見ますから、もうテレビもオワコンですね」
なるほど。
「じゃあ、テレビ局とかどうなってるの?もう無いのかな?」
「いや、昔のテレビ局だったところは、ネット配信に移行しました。ちなみに、僕が中学生くらいのころだったと思うので15年くらい前かな。NHKは無くなりましたよ」
そういえば最近、いや…、最近じゃないか…、ややこしい…、N国という政党が、「NHKをぶっ壊す」と言って議席を取ったなあ。あれから数年後にはNHKは無くなるんだ。

1時間も経たないうちに服が配達された。ドローンで。

【3】

月曜日。
坂田くんは仕事に行く様子がなく、瞳を忙しなく動かしていた。

「坂田くん、なにやってるの?仕事に行かないの?」
「あぁ、もう仕事を始めています。ブレインチップがありますからね。在宅勤務が普通です。実験したりする研究の仕事や、工場の品質管理とか、商品を店に並べたりする仕事の人は出勤しますけど、事務仕事の人はほぼ在宅勤務です」
「へぇ~、そうなんだ」
「そうだ、思い出した。2020年の東京オリンピックの時に東京が大混雑して、交通がマヒしたんですよ。東京オリンピックは大失敗。それをきっかけに在宅勤務でいいんじゃないかという世論になったんですね。それからですね。在宅勤務が増えたのは」

たしかに、今…、じゃなくて『過去』だね…、オリンピックの時には混雑が予想されるから、東京の人は時差出勤とか、在宅勤務にして協力しようとかいう話が出ているけど、結局大混雑になったのか。

「でも、月に一度は全員出社して、その時に顔を付き合わせて打ち合わせをします。そういうのも大事ですから」

なるほど。

【4】

坂田くんの家に転がり込んでの初めての週末、

「木村さん、今週末も剣山に行きませんか?木村さん、山登り好きなんですよね?気晴らしになりますから行きましょうよ」

気を遣ってくれてるのか。坂田くんは優しい人だ。

「それは是非お願いしたい」


『巨樹王国へようこそ』

つるぎ町の一宇地区に入ると、でかい看板が見えた。
『過去』にもあった、同じ看板だ。

今、Tヨタ社の車サービスの自動運転で、つるぎ山の登山口の駐車場に向かっている。

『ソロモン・アーク 秘宝伝説の山 つるぎ山』

この看板も『過去』に見たな。
『過去』といっても、自分にとっては1週間前のことなので、よく覚えている。
古代イスラエルの秘宝、アーク(聖櫃)がつるぎ山に隠されているという伝説があるのだとか。
つるぎ町では、ソロモンの秘宝伝説を観光の目玉にしているようだ。
今も『過去』と変わらないんだ。

登山口に着いて、早速登り始めた。

「坂田くんは、山登り用のアプリは何を使っているの?」
「Yマップですよ」
「あ、自分と同じだ。今でもあるんだね。でも、スマホは持ってないよね?」
「もちろん、ブレインチップを使ってます。ブレインチップでGPSも受信できるんですよ。もう記録をスタートさせてあります」
「そうだった、スマホはオワコンだった。だからかな?この前、スマホでGPSを受信できなかったよ」
「今のGPSはミリ単位の精度ですからね。20年前の規格とは違うのだと思いますよ」

新緑が眩しく、心が癒される。
今日も良いお天気だ。
自然の中で、適度に身体を動かすと、自然の中に溶け込む感じがして、心が洗われるのだ。山登りが人気なのは、今も『過去』も同じようだ。今日もたくさんの人が登っている。いくら6Gの時代だといっても、人間の本質は変わらないのだ。

「坂田くん、O劔神社経由で行こうよ」

O劔神社近くのO塔石が好きで、先週(『過去』の)もこのルートで登った。O塔石は、太い柱のような大きな石だ。
当然、崇拝の対象になるので、近くにO劔神社がある。

「青空にO塔石が映えるね」

参拝していこう。

柏手を打って、目を閉じる。
すると、突然、先週のことがフラッシュバックされた。

【5】

あの時も、O劔神社経由で登った。
O塔石の脇に、岩の隙間が見えた。
あんな岩の割れ目、あったっけ?
ちょっとした冒険心が湧いて、その隙間に入ってみた。
真っ暗だった。
それでも、しばらくすると、目が慣れてきた。
割れ目は、細い道のようになっていたので、進んでみた。
中程まで進むと、さらに横に小さな隙間が見えた。
人が潜り込んでギリギリ通れるくらいの隙間だ。よくみると、元々はもっと大きな隙間だったようで、それを石を積み上げて塞いであるように見えた。
この隙間から潜り込んでみるか。
担いでいたザックを置いて、這いつくばるように隙間に入ってみた。すると、中には意外にも大きな空間があった。
おや?何かが光っている。
金色に光る物体は、鳥の翼のような形をしていた。
2体の翼を広げた鳥のようなものが、向かい合うように置いてあった。
その下は、箱のようだ。
箱の下に棒が付いている。まるでお神輿のようだ。

ここからいきなり記憶が飛んで、山頂にいたのだ。

【6】

そうか、あれはソロモンの秘宝、アークだったのでは?

千何百年か分からないけど、ずっと封印されてきた秘宝なのに、私がその封印を解いてしまったのか?

あれは、ずっと封印されるべきものなのではないだろうか?
そうだよな。このことは言わないでおこう。

目を開けると、白いガスに覆われた、緑色の笹原が見えた。

カプチーノと山が好き!