気延山~卑弥呼~

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【1】

痛ってえ!

やってしまった。
山道で足を滑らせて、骨折してしまったようだ。
これはかなりヤバイ。
しかも、転んだ時に持っていたスマホをどこかに落としてしまった。
動けないし、連絡もできない。
夕方なので、人も通らない。

【2】

その日の木村は、昼間は所用で忙しく、夕方になってやっと時間が空いたので、散歩がてらに気延山に登ることにした。
標高212m。麓に阿波史跡公園があり、手軽に登れる、いわゆる里山だ。
1、2時間くらいあれば上り下りできる。
本格的な登山であれば、「ココダヨ」という名前の発信機を持っていくのだが、散歩のつもりだったので持って行かなかった。インターネットの会員のサイトから登山届を提出して、ココダヨ発信機を持っていれば、いざという時に捜索ヘリコプターが居場所を見つけてくれる。
後から思えば、ココダヨを持って行かなかったのが敗因だ。
つまり、里山をナメていた。

気延山周辺には古墳が多い。気延山古墳群と呼ばれ、200あまりの古墳がある。これは驚くべき数である。まだ見つかっていない古墳もあるだろう。かなり強力な勢力が存在していたことは間違いない。
しかも、八倉比売神社1号墳は、なんと、あの、卑弥呼の墓だという説がある。

卑弥呼といえば、邪馬台国。
邪馬台国の存在は、魏、つまり中国の、魏志倭人伝に記載されているが、なぜか日本の歴史書である、日本書紀や古事記には書かれていない。魏に対して朝貢していたらしく、魏から「親魏倭王」に任じられて金印が与えられているが、その金印は見つかっていない。このような巨大な勢力が存在していたのにもかかわらず、日本の歴史書に触れられていないのは謎である。意図的に隠しているのではないか、とも言われている。
邪馬台国は、九州説と畿内説が有力であり、徳島にあったというのは、かなり異端な話である。
とはいうものの、古代ロマンを感じながら山歩きを楽しむのも良いものだ。
季節は11月。里山は、夏の間は蒸し暑いし、蚊に刺されたり、蜘蛛の巣に引っかかったりするので避けたいが、今は里山歩きの楽しい季節だ。葉も落ちて、木々の隙間から、いくらか展望が楽しめる。
少し暗くなってきた。日が暮れる前に戻ろう。少し、ペースを上げた。
スマホが振動した。
ポケットからスマホを取り出してみると、アプリからの通知だった。

「ココダヨ会員入会キャンペーン。今なら入会金無料!」

いや、もう入会してるし。
あっ!そういえば発信機を持ってくるの忘れたな。
まあ、いいか。

下り坂に差し掛かった。
またスマホが振動した。

「お好きなドーナツ1個無料クーポン」

おっ!いいね!

うわっ!

落ち葉に滑って、斜面を転げ落ちてしまった。
さらに足を窪みに引っ掛けて、骨折してしまったようだ。

歩きスマホはやめよう!

【3】

犬伏は、かつて徳島県立博物館の学芸員だった。今はもう定年退職している。
気延山古墳群の発掘にも携わっていた。
家もこの近くだ。
そんな関係で、定年後は、気延山周辺を歩くのを日課にしていた。

この日も、いつもの早朝の散歩に出かけた。
よく晴れているせいか、放射冷却で肌寒い。深まる秋を感じながら、いつものコースを歩いた。
気延山の山頂から少し下った辺りで、人の声が聞こえた。

「おーい!助けてくださーい!」

えっ?どこから声がしているのだろう?
すると、20メートルほど先の斜面の下で、人が手を振っているのが見えた。
道の端に、スマホが落ちていた。

「大丈夫ですか?!今そちらに行きます!」

犬伏は慎重に斜面を下り、木村のもとに辿り着いた。

「ありがとうございます」
「どこか怪我をしてますか?」
「ええ。足を骨折したみたいなんです」
「ああ。右足ですね?穴にはまっていますね」
「ええ。昨日の夕方に滑って落ちてしまって、動けなくなってしまいました」
「え?昨日からなんですか?それは大変!寒かったでしょう?」
「そうなんです。昨夜はすごく冷え込みました。眠ったらダメだと思って、一睡もしていません」
「低体温が心配なので、私の上着も羽織ってください。ちょっと私一人では無理そうなので、救援を呼びますね。あと少し我慢してください」
「すみません。助かります」

犬伏はすぐに消防署に連絡し、救援を要請した。

「ご家族にも連絡しましょう。そういえば、上にスマホが落ちていましたよ。あなたのですよね?」
「あぁ、それです!すみません。転んだ時に落としてしまって、それで連絡できなかったんですよ。ありがとうございます」

スマホを渡すと、木村は家族に連絡を取った。

「ちょっと、足を穴から抜いてみましょう」

穴にはまった足を抜いてみると、穴の下には、比較的大きな空間があるように見えた。

「ん?これは!」
「え?」
「これは、石室ですよ。石室の上を踏み抜いたみたいです」
「石室?石室って、えっと…あの…古墳のやつですよね?」
「ええ。実は私は考古学の専門家なんです。この辺りの古墳の発掘もしているんですが、ここはまだ発見されていない場所ですね。それに、この石室の大きさからして、かなり立派な古墳のようですよ」
「へぇ?!なんと!」
「まあ、この辺りは古墳が多いので、まだまだ未発見の古墳はあると思います。怪我をされたのに不謹慎な言い方ですが、とてもワクワクしています」

ちょうど朝日が穴に差し込んだ。

「おや?何か光っていますね。なんだろ?」

犬伏は穴に手を突っ込んで、光るものを取ってみた。

「これ、印鑑ですよ。何か書いてあるな。最近老眼でよく見えないので、読んでみていただけますか?」
「どれどれ?えーっと、ん?。私も最近少し老眼気味で。これって、金ですか?」
「そうみたいですね」
「へぇ?!すごい!あっ!そうだ!スマホのカメラで撮って、拡大しましょう」
「なるほど。それはいい」

撮った画像を拡大して、二人で見てみた。

「親、魏、倭、王…!」

カプチーノと山が好き!