三嶺~ブナの原生林~

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【1】

「え?金賞?」

木村は、写真を趣味にしている。
もともと写真を趣味にしていたのではないが、山登りが好きで、山の写真を撮っているうちに、写真にはまってしまったパターンだ。
登山アプリ『Yマップ』に沢山の写真をアップしているし、他の会員の写真を見るのも好きだ。
お互いの写真を見ることで、刺激を受け、切磋琢磨される。

先日、三嶺に登った際に、山頂付近で撮った写真を、観光協会主催のコンテストに応募したところ、金賞の連絡があった。
木村の撮った写真が、ポスターなどに使われるらしい。

【2】

三嶺のブナの原生林で、身元不明の女性の変死体が発見された。
検死したところ、首を絞められた跡があることが分かった。徳島県警は、殺人事件として捜査を開始した。その後の調べで、被害者は、Y子さんであることが分かった。
容疑者として、交際していたM雄が浮上した。しかし、決定的な証拠が見つからなかった。まず、殺害日が特定できなかった。発見日からおよそ半年前であることは分かったが、正確な殺害日は分からなかった。

徳島県警の刑事部捜査一課の板東は、大歩危駅周辺の聞き込みに当たっていた。
大歩危駅の待合室には、三嶺のポスターが貼ってあった。

「あれ?このポスター、何か気になるな」
「板東警部、何が気になるのですか?」
三木警部補が聞いてきた。
「ここに写っている人って、被害者の服装に似てないかな?」
「あれ?そういえばそうですね。たしか、被害者は赤い服を着ていました。でも、赤い服って、登山服としては割と多いパターンですよ」
「でもな、三木君。帽子が黒で、ベージュのパンツ、グレーのザックだ」
「まあ、それも割とありがちですけどね」
「まあ、一応当たってみよう」

ポスターを確認したところ、観光協会の名前があったので、早速聞きに行ってみた。

「このポスターに使われている写真は、いつ撮影されたものなんでしょうか?」
「ああ、この写真は、コンテストで応募したものですね。なので、こちらでは、撮影日までは把握していません。応募した撮影者なら分かると思いますよ」
「コンテストは、いつ募集したものなんですか?」
「えっと、2ヶ月前の3月末に締め切ったものですね」
「ああ、それならもしかしたら、半年前くらいに撮影した可能性はありますね。撮影者の連絡先を教えていただけますか?」
「分かりました。ちょっと待ってください。えーっと、この木村さんですね。これが電話番号と住所です」
「ご協力ありがとうございます」

早速、撮影者の木村氏に電話してみた。

「もしもし、木村さんでしょうか?」
「はい、そうです」
「私、徳島県警の板東と申します。つかぬことをお伺いしますが、あなたの撮影した写真が、観光ポスターに使われていますよね?」
「ええ、たしかにそうですが、それが何か?」
「まだちょっと詳しくはご説明できないのですが、あの写真はいつ撮影されたものなんでしょうか?」
「えっと、たしかあれは10月下旬に、三嶺のコメツツジ の紅葉を撮影したので、えーっと、ちょっと待ってください。カレンダーを見てみます。あ、土曜日だったので、去年の10月27日ですね」
「それは確かですか?」
「えっと、ちょっと待ってください。登山アプリの記録も確認してみます。あ、間違いないです。10月27日です」
「そうですか!もう少し詳しくお話を聞きたいので、今夜、お家にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。午後7時以降なら大丈夫です」

夜、木村氏の自宅を訪問した。
SズキのCプチーノが止めてあった。バブル期に発売された軽のスポーツカーだ。懐かしい。

「木村さん、この写真のここに写っている女性に心当たりはないでしょうか?」
「えー?この小さく写っている人ですか?んー、ちょっとこれだけでは分からないですね。すみません」
「じゃあ、この人に見覚えは?」
板東は、生前のY子の写真を見せた。

「あ!思い出した。登山口で会った人だと思います。隣に止めた私の車を見て、『いい車ですね』って声をかけてきた人だと思います。たしかその人の車はジムニーでした。彼と一緒に乗ってきて、彼は剣山に登るので、剣山の登山口に降ろしてきた、って言ってましたね」
「え?たしかにY子さんの車はジムニーだな。でも、車は自宅に置いてあったし、彼は剣山に登ったのか。んー。どういうことだろう」
「刑事さん、もしかして、あの殺人事件の捜査ですか?」
「ええ。実はそうなんです」
「ということは、この方が被害者なんですか?」
「そのとおりです。でも、犯人が分からなくて」
「あぁ。あの人が亡くなったのか。かわいそうに」
「少し、手がかりが掴めたようです。ありがとうございます。でも、新たな疑問にぶつかってしまって。もう少し調べてみます。ありがとうございました」

【3】

板東は、M雄に当たってみた。

「去年の10月27日は、どこにいましたか?」
「え?その質問って、アリバイってことですか?僕を疑っているんですか?」
「いや、一応お伺いしているだけです」
「えっと、その日なら剣山に登りました」
「何かそれを証明することはできますか?」
「証明はできますけど、ても、その日は彼女と一緒に帰りましたよ」
「まあ、それはいいです。剣山に登った証明は何で?」
「えっと、このYマップってのを使っているんですけど、ほら、その日は剣山の記録が載っているでしょ」
「たしかにそうですね。では、彼女とはいつから会っていないんでしょうか?」
「えっと、その日から後は連絡が取れなくなって、自宅にもいませんでした」
「んー。ご協力ありがとうございます」

どういうことだ?M雄の言うとおりならば、Y子は10月27日に殺されたのではないし、犯人はM雄ではないということか?
でも、そのあとすぐにどうやって三嶺で死体になるのだ?

【4】

捜査はなかなか進展しなかった。

「板東警部、お電話です。木村さんと言う方です」
「もしもし、お電話代わりました。板東です」
「あ、もしもし木村です。その後捜査はどうですか?」
「それが、なかなか進まなくて」
「私も、一緒にお話しした方なので気になってしまって。それで、ちょっと気になることを思い出してしまったのですが、よろしいでしょうか?いや、あまり関係ないかもしれないですが、聞いてもらってもいいですか?」
「ええ、少しでも手がかりになるかもしれませんので、なんでも教えてください」
「えっと、その被害者の方は、私よりも先に登り始めたのですが、その後すぐに登り始めた方がいます。それで、帰りの話になるんですが、ジムニーに追いついたんですね。あの女性の車かなと思ったのですが、追い越した後にバックミラーで見たら、女の人は乗っていなくて、男の人でした。それに、その被害者の方の後に登り始めた人に似ていたような気がします」
「え?追い越したんですか?」
「ええ。警察の方に言いにくいんですが、私の車はかなり速いんです。大抵の車は先に譲ってくれます」
「どこで追い越したのでしょうか?」
「剣山の手前ですね」
「でも、ジムニーって、山に登る方はよく乗ってますよね?」
「ええ。でもなんとなくあの人の車のような気がして。確証はないのですが、mont-bellのステッカーを貼ってあったように思うので。まあ、mont-bellのステッカーもありがちなので、追い越した後に、『ああ別の車だったのかな』と思ったのですが、でもなんとなく気になって」
「たしかに被害者の方の車には、mont-bellのステッカーが貼ってありました」

【5】

もし、帰りのY子のジムニーに、Y子が乗っていなかったとすれば、M雄は嘘をついていることになる。
どういうことだ?

アリバイとして提出されていたM雄のYマップの活動記録を調べていると、コメント欄によく登場する人物が何人かいた。その中で、ハンドル名『ヘロヘロ』が、10月27日に三嶺に登っていることが分かった。ヘロヘロとM雄が、一緒に山に登っている記録もあった。

木村氏に聞いてみよう。

「ヘロヘロさんですか?あっ!そうだ。Yマップって、『こんにちは通信』という機能があって、近くにYマップユーザーがいると、スマホに通知が出るんですよ。あの日、ヘロヘロさんの通知が出たんですけど、どの人かな、って思ってたんです。駐車場でYマップをスタートさせたら、すぐに通知が出たんです。もしかしたら、あの、被害者の方のすぐ後に出発した人かも。プロフィール写真をみると、なんとなくそんな感じがします」

M雄は剣山で、Y子とヘロヘロは三嶺か。そして、M雄とヘロヘロは知り合い。
まさか、M雄がヘロヘロにY子を殺させた?

【6】

捜査令状を取って、Yマップの運営会社から、ヘロヘロの個人情報を入手した。本名はR次。R次の近所で聞き込みをしたところ、同棲していた恋人がいたことが分かった。しかし、この半年ほどは彼女を見た者はいないようだった。

「R次さん、私、徳島県警の板東と申します。あなたは、昨年の10月27日に、三嶺に登ってますよね?」
「え?そうだったかな?」
「Yマップのヘロヘロというのは、あなたですよね?」
「え?えぇ、私ですけど」
「じゃあ、その日の活動日記が出ているので、間違いないですね?」
「まあ、そのとおりでしょうね」
「この方をご存知ですか?」
「いや、面識はないです」
「この方は、その日、三嶺で殺されたようです。何かご存知ないですか?」
「そう言われても、同じ日に登ったというだけで、私とは関係ないですね」
「ところで、あなたは同棲している恋人がいますよね?今、どこにいますか?」
「いや、実は、半年ほど前に出て行ってしまって」
「連絡は?」
「いや、取っていないです」
「彼女の名前は?」
「それ、さっきの事件と関係あるのですか?」
「いや、分かりませんけど、教えていただけないですか?」
「拒否したら?」
「そしたら、あなたへの疑いが濃くなりますよ」
「嫌な言い方をしますね。まあ、いいでしょう。K美です」

【7】

携帯電話会社でK美の位置情報を調べたところ、昨年の10月27日から30日まで、剣山から動いておらず、その後は電源が切れたのか、記録が途絶えていた。
その周辺を捜索したところ、女性の死体が見つかった。K美だった。そして、首を絞められた跡が見つかった。

カプチーノと山が好き!