大川原高原~風車~

これは小説です
無断転載・複製・アップロード禁止

【1】

本日の最高気温は36℃の予測。

こんな時は、剣山方面へ行けば涼しいのだけど、家の掃除をしていたので、出遅れてしまった。
こういう時は、大川原高原に避暑だ。涼しいところで、ぷらぷら歩こう。
剣山に行っていたとしても、平地でこれだけ暑ければ、剣山でも登りで体力を使えば暑いはずだ。
大川原高原なら、なだらかな高原を歩くのに大して体力を使わないので、涼しいはずだ。と、剣山に行きそこなった自分を慰めた。

そんなわけで、木村は、大川原高原へやってきた。

駐車場に着くと、ソフトクリームを売っているお店がある。食べるのはハイキング終了後のお楽しみに取っておこうかを思ったが、我慢できずに頼んでしまった。
美味しい!
濃厚なミルクの味だ。

ミルクといえば、ここには牧場がある。夏の間、涼しい環境で牛を育てるのだ。

そして、風力発電の大きな風車が並んでいる。

「カッコいい!」

思わず写真を撮った。
山に来て人工物を撮るのはどうかと思うが、撮ってしまう。
大きな風車が、いくつも並んでいるのは壮観である。
それぞれ3枚のブレードが、ゆっくりと回っていた。

しかし、昔は、…といっても十数年前のことだが、風車はなかった。
ここの風車は、2007年に建設が始まって、翌2008年から稼働したらしい。
子供が小さかった頃、ネイチャーセンターの広場で、バッタを追いかけて遊んでいた思い出があるが、あの頃は風車はなかったはずだ。
風車のある景色に見慣れてしまうと、以前の大川原高原の景色を思い出せなくなってしまった。
いつのまにか更地になってしまった土地に、そこにあったお店を思い出せないのと同じだろう。

山頂、…といってもどこが山頂だか分からない山なのだが、一応、「旭ヶ丸」という山頂の標識がある。そこを目指して歩いていると、風車の下で、うずくまっている女性がいた。

「どうしました?大丈夫ですか?」
「なんだか急に頭が痛くなって、めまいがしてしまって…」
「えっ?それは大変!熱中症かなー?」
「そんなに暑いとは思ってなかったんですが、夏バテしていたのかもしれません」
「とにかく、水分を摂った方がいいですね。このスポーツドリンクを飲んでください」
「すみません。ありがとうございます」
「少し動けるようなら、木陰の方へ行きましょう」
「汗とかかいてないですか?というか、あまりかいていないようですね」
「そうなんです。ここは涼しくて、歩いていても、そんなに暑くはなかったんですけど。でも、急にめまいがして」
「とにかく、病院で診てもらった方がいいので、ゆっくり駐車場に戻りましょう」
「ええ。ほんとにすみませんね。これから山頂の方に行く途中だったのでしょう?」
「いやいや、そうですけど、また登ればいいですよ。そんながっつり登る山でもないですし」

ゆっくり時間をかけて、駐車場まで戻ってきた。

「あれ?なんか調子が良くなってきました。あれ?さっきまですごく気持ち悪かったのに」
「へぇー?じゃあ、さっきのスポーツドリンクが効いてきたのかな?てことは、やっぱり熱中症ですかね」
「ですかね?さっきまで、耳鳴りもしていたんですが、今は大丈夫です」
「耳鳴り?熱中症で耳鳴りはないかなー。まあ、病院で診てもらった方がいいでしょう。一人で運転できますか?」
「たぶん大丈夫だと思います。ゆっくり運転していきます。どうもありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして。じゃあ、気をつけて帰ってください」

木村は、あらためて登り始めた。
まあ、「あらためて」という程度のことでもない。涼しければ、どこを歩いても良いのだから。適当にのんびり歩くつもりだ。

また風車が並んでいる辺りまで来ると、大きな鳥が旋回していた。

「あっ!オオタカかな?」

白い翼に、黒い縞模様が入っていた。トビではない。おそらくオオタカだろう。
すると、いきなり急降下してきた。ネズミか何か、餌を見つけたのか!
しかし、その急降下直線は、いきなり弾き飛ばされた。
風車のブレードがぶつかったのだ。羽が舞い、オオタカは地面に叩きつけられてしまった。
オオタカは、もう二度と動かなかった。

ショッキングな場面を見てしまった。
もう、これ以上進む気力がなくなってしまったので、駐車場に戻ることにした。
さっきから、同じところを行ったり来たりだ。

駐車場まで戻ってくると、クリップボードを持った人がいた。
車に荷物を入れていると、その人が近づいてきた。

「すみませーん。ちょっと、署名にご協力いただけないかと思って」
「なんの署名ですか?」
「高城山、天神丸周辺で、風力発電の計画があるのをご存知ですか?」
「いや、知らないです。そうなんですか?」
「高城山周辺はクマの生息地で、風力発電の風車を建てると、クマの生息に影響する可能性があります。それに景観の問題もあります。この辺りに、42基の風車を建てる計画となっています」
署名用紙の地図を示しながら言った。
「へぇー!42基も!それはちょっと影響があるかもしれませんね」
「ええ。われわれは非常に心配しています」
「でも、クマに影響があるのかどうか、分かっているのですか?」
「それはまだこれから調査するようです。でも、計画ありきですからね」
「でも、地球温暖化というか、CO2削減の問題もあるので、クリーンエネルギーの開発も必要ではないですか?」
「それはそうなんですけど、風力発電には、こういった立地の問題もありますし、そもそも、お天気まかせの発電では、需要に合わせた発電ができません。これは太陽光発電でも同じことが言えます。結局、足りない部分は火力発電で調節しなければなりませんし、余れば捨てることになります」
「たしかに、太陽光や風力ではベースの電源にはなりませんね。発電量のコントロールは難しいですね。かといって、クリーンエネルギーは必要でしょう。電力を蓄えるとか、水素やメタノールとして貯めるとか、なんらかの解決策はあると思います」
「まあ、それは将来的な話でしょう。でも、風力発電は問題が多いのです。バードストライクの問題もありますし、低周波による人体への影響もあります」
「ああ、そうだ。さっき、オオタカが風車のブレードにぶつかるのを見ました」
「そうでしょう。こういった風車を建てる場所は、資材を運び込む都合上、平らに整備します。草地になりますので、ネズミやウサギが住み着くようになります。そうすると、それを狙って、ワシやタカが捕食しにくるのですが、急降下する時には、ブレードが見えなくなる現象があるのです。人間でも、高速で回転している扇風機の羽が見えないですよね」
「まあ、高速で回ってれば見えないでしょうけど、風車の羽はゆっくり回りますよ」
「鳥は、低い回転でも見えなくなるようなのです」
「へえー。それは問題だ」
「あと、この回転で風を切る時に、低周波が発生します。人間の耳には聞こえない周波数なんですが、頭痛やめまいを起こすことがあります」
「あっ!さっきの人だ!」
「えっ?」
「そう!さっき、女の人がうずくまっていたんです。急に頭痛とめまいがしたというので、熱中症かなと思ったんですが、たしかに、風車から離れたら体調が良くなりました。なので、おそらくその低周波の影響ですね」
「影響の出やすい人と出にくい人がいますが、影響が出る人は風車を避けて暮らすしかありません」
「それは問題あるなぁ」
「あそこの牧場でも、牛乳の生産量が、昔に比べて落ちているみたいです。肉質も悪くなったらしいです」
「牛もストレスを感じるのかなぁ」
「鳴き声も、風車ができてからは、『ビェー!』って、叫ぶように鳴くんだ、と牧場主が言ってました」
「ほんとですか?」

クリーンエネルギーだといっても、いろいろな悪影響はあるのだろう。何事にも、メリットとデメリットはある。

「まあ、とにかく、もう少し考えてみます」
「ネットからでも署名できるので、後からでも、ぜひ署名をお願いします。ここに、私の連絡先のメールアドレスも書いてあります」

QRコードの入ったチラシを受け取った。

【2】

それにしても、42基は多いよな。
調べてみると、大川原高原で15基とのこと。15基で壮観だなぁ、と思ったが42基ともなると、どんな景色になるのだろうか?山奥の稜線に、42基がずらりと並ぶのだ。「壮観」を超えているように思う。
問題提起のため、ローカル紙のT新聞の読者欄に投稿してみた。
ところが、掲載されることはなかった。

【3】

次の週、木村は、雲早山に登ろうと、雲早トンネルを抜けたところに車を止め、準備をしていた。
ランドクルーザーが近づいてきた。

「先週お会いした方ですよね?」
「ああ、あの署名活動されていた方ですね?」
「そうです。雲早山ですか?」
「ええ。この車だと未舗装路は無理なので、ここに止めて、スーパー林道を歩きます」
「そうなんですね。私は高城山に行こうと思っているんですが、一緒に乗って行きませんか?」
「それはありがたい!この車だと行けなくて。乗せていただけるならお願いします。いやー、風車の予定地を見てみたかったのですよ」
「ええ。ぜひ見ていただきたくて、お声かけしました」

「しかし、私をよく特定できましたね?」
「簡単ですよ。珍しい車なので。Cプチーノでしょう?」
「あ、なるほど。悪いことはできませんね」

まあ、するつもりもないが。

「しかし、これは随分山奥ですよね?」
「この剣山スーパー林道は、かなりの山奥を貫いています。87.7kmの日本最長の林道です」

レストハウス「フォガスの森」に着いた。山奥にポツンとある、オアシスのような場所だ。
ここに高城山の登山口がある。

ブナの森が続いていた。

「ブナがいい感じですねー。癒されます」
「そうでしょう。ここに風車を建てるなんて、どう思いますか?」

山頂に着くと、周りの稜線を見渡すことができた。ここにずらりと42基も並ぶのか。

「たしかに、これはやりすぎですね。あそこにレーダードームがありますね。まあ、ああやってたしかに人工物は建っていますけど、この稜線に風車がズラーっと並ぶわけですよね。それはないなぁ」

山頂にはすでに人がいた。

「どうもこんにちは」
「こんにちは」
「どちらの方ですか?」
「地元の徳島ですよ」
「我々と同じですね」
「今、風力発電の話をされていましたけど、やっぱり反対でしょうか?」
「そうですね。クリーンエネルギーとはいえ、バードストライクの問題もありますし、この山奥に42基も建てるなんて、ちょっとやりすぎかと思います」
「そうですか。実は私、T新聞の記者で、風力発電の予定地を自分の目で見ておこうと思って、来てみたんです」
「あっ!T新聞ですか!私、最近、読者の欄にこの風力発電の件を投稿したのですが、載せていただけなくて」
「それはすみません。あぁ、あなたでしたか。実は私は掲載しようとしていたのですが、上から圧力がかかってしまって…」
「圧力?」
「ええ。何か政治的な力がかかっているみたいです」
「へぇー。何か、利権が絡んでいるんでしょうか?」
「いやー、下っ端の私にはよく分かりません。まあ、そういうこともあって、自分の目で確かめておこう思って来てみました」
「なるほど。で、どう思いましたか?」
「たしかに、この場所に建てるというのは、やめてほしいてますよね。この手付かずの自然の景色は、残しておきたいです。取り返しがつきませんから」
「そうですよねー」
「あと、政治的な圧力も気になるので、私なりに調べてみます」

【4】

台風が発生した。
小型ではあるが、最大風速は70m以上で、ランクとしては「猛烈な」台風だ。
徳島は台風の進路になることが多いが、この台風も例外ではなかった。しかも、徳島東部は、台風の進路のすぐ右側であった。過去に大きな被害をもたらした2018年の台風21号での大阪や関西空港付近、2019年の台風15号での千葉県も、進路のすぐ右側であった。このゾーンは、風の向きと、進路の向きが合うため、強い風が発生するのだ。
今回の台風は、これらの台風よりも勢力が強いとのこと。

徳島県東部では、大規模な停電が発生した。あちこちで電柱が倒れたからだ。
大川原高原の風車3基が倒れてしまった。
そんな事態なのに、風車の倒壊事故についての報道は、なぜか取り扱いが地味だった。映像的にはショッキングなはずなのだが。
しかし、YouTubeではその映像のアップが相次ぎ、トレンド入りしたのだった。
また、twitterでも、昨今の強烈な台風には、風力発電機が耐えられないのではないか、ということから始まり、風力発電の負の側面が取り上げられるなど、風力発電反対の投稿が相次いだ。SNSでは、風力発電反対の声が圧倒的な状況となった。

そんな折、徳島県の知事、電力会社の幹部、風力発電機メーカーの幹部が、相次いで逮捕された。
風力発電機メーカーから、賄賂が渡っていたのだ。
ことの発端は、某国の大統領が、その某国のメーカーの風力発電機の導入を進めるようなツイートをしたことだ。その結果、日本の国も、県も、忖度をしたようだ。それに乗じて、その風力発電機メーカーから賄賂が渡ったという構図のようだ。

風力発電推進の流れには、一気に逆風が吹いた。
大川原高原の風車も、撤去が決まった。

【5】

木村は、風車が撤去された大川原高原にやってきた。

「ああ、思い出した。以前はこんな景色だった」

上空に、オオタカが旋回していた。オオタカは、急降下を開始し、稜線を横切った。

牛が、モウと鳴いた。

カプチーノと山が好き!