好山病

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「申し訳ございません。もう予約がいっぱいなんです」
「いや、そう言われましても、1つの布団を2人で使っていただくような状況でして、これ以上は受け入れられないんです」
「本当に申し訳ございません。またの機会に、よろしくお願いします」

富士山で山小屋を営んでいるガクトは、この状況に戸惑っていた。先月に比べて、あまりにもお客さんが多い。昨年までの数年間は、コロナ禍の影響でお客さんが少なく、経営が危ぶまれていて、一時は山小屋をたたもうかと考えたくらいだ。ようやくコロナ禍がおさまった反動によるものだとは思うが、コロナ禍以前に比べても、異常に多い。
登山道も列が連なり、大渋滞が起きていた。
何かがおかしい。

タクオは、いわゆる引きこもりだった。
人と接するのは苦手だし、怖い。外に出たいとも思わない。中学の頃から、学校にも行かなくなった。
なんというか、何もやる気が出ない状態で、部屋の中でぼーっと過ごす毎日だった。
ところが、父が、最近、急に山に登るようになった。親子譲りなのか、父も特段の趣味のない人だったのに、突然、山に目覚めてしまったようだ。何がきっかけなのか、まったく分からない。
父が山に登るようになってから程なくして、今度は母と妹も山に登りだした。彼女らも、これまではどちらかといえばインドア派で、何がきっかけなのか、まったく分からない。父に付き合おうというタイプでもなかった。
そんな家族を冷ややかに見ていたのだが、昨日、突然、頭の中にピカッと閃光が走った感覚があり、自分にとってはまさに意味不明ながら、無性に山に登りたくなった。
「山に登りたい」
そう言うと、家族は唖然としていたが、「そうだよね。その気持ち分かる」と言うのだった。
そして、今日、人生で初めて山に登るのだ。

「大キレットで滑落事故です」

通報が入った。患者の受け入れ準備に入った。
ユウコは、上高地にある診療所に勤めている。
昨日もジャンダルムで滑落事故があった。
それだけではなく、普通の登山道で転んでの骨折や、心筋梗塞など、次々と患者が運ばれてくる。
このところ、特に高齢者が多い。
最近、異常に登山者が増えている。上高地の宿泊施設は、いずれも満室が続いているし、登山道は人であふれている。
そんなある日、ユウコは突然、どうしようもなく山に登りたい衝動に駆られた。普段から山登りを趣味にしているし、そもそもこの上高地の診療所に勤めたのは、あこがれの北アルプスの麓で働けるからだ。でも、今のこの感覚は、本能から訴えるかのようで、今までに体験したことのないものだった。
いや、今日も診療所に行って、次から次へと運ばれてくる患者さんの手当てをしなければならない。でも、この衝動を、とても抑えることはできない。
ユウコは、体調不良を理由にして有休を取得し、日帰り可能な焼岳に向かった。焼岳を往復すると、ひとまず落ち着いた。ところが、翌日になるとまた登山衝動にかられてしまった。連続で休みを取るわけにはいかない。とにかく、義務感だけで職場に向かったが、その日は魂が抜けたように仕事をしていたので、上司から体調を心配され、それをいいことに、次の日にはまた有休を取った。
そしてまた焼岳に向かったのだが、山頂に着くと、なんと、その上司がいた。非常に気まずい。話を聞いてみると、その上司も、突然の登山衝動にかられて、休みを取ったらしい。診療所には、院長と看護師一人しか残っていないはずだけど、機能しているのだろうか?
下山途中、院長から電話がかかってきた。明日からしばらく、診療所を休みにするとのこと。院長の声は、魂が抜けたようだった。
翌日からは、穂高の縦走に向かった。

「タカちゃん、もう降りなさいって!」

4歳のタカちゃんは、ジャングルジムをやめなかった。
お母さんはタカちゃんをジャングルジムから引きはがそうとしたが、カブトムシのようにしがみつくのだった。
このところ、幼稚園でもジャングルジムが大ブームで、園児のだれもがジャングルジムに殺到していることを、お母さんは知らない。

このところ、テレビなどでも登山ブームが取り上げられ、連日話題に上っていた。昨年までのコロナの話題のように、取り上げられない日がない状態だ。どの局も山に入って取材をしていた。テレビ局だけでなく、新聞社、ユーチューバーも、こぞって山に入っていた。
ところが、編集チームの局員が休みはじめ、配信が難しい状態になってきた。
テレビ局や新聞社だけでなく、国内のいずれの会社も休む人が多く、機能していない会社が多くなってきた。商店や農業もそんな状態で、経済活動がマヒし始めた。この状態が続けば、まもなく、国民が餓死してしまうかもしれない。
ただ、山にはまった人も、数か月後には山に登らなくなり、そのバランスによって経済活動がギリギリに保たれていた。
一方、多くの人が山に殺到するため、排泄物やゴミによって山が荒れ始め、環境問題も深刻になってきた。

帝都大学医学部のイシヤ准教授は、この状況があまりにも異常であることから、国民の多くが精神疾患に罹っているのではないかと考え、調査を始めた。その結果、登山にはまっている人から、共通の新型ウイルスが発見された。なんと、このウイルスは、体調には悪影響を及ぼすことがないのだが、精神に影響し、行動を活発化させ、なぜか高いところを好むようになることが明らかとなった。行動が活発化することで、感染を広げる力が強いようだ。このような性質は、無症状者が多くて感染が広がりやすい新型コロナウイルスと同じ戦略のようで、この先の手強さが予想された。高いところを目指せば、頂点に密集することになり、結果、感染を広げることになるという、ウイルスの巧みな戦略なのだ。ただブームに乗って登山に来ただけの未感染者に感染し、家庭や職場、学校、幼稚園などでクラスターを発生させた。
イシヤ准教授は、このウイルスによる病気を、「好山病」と名付けた。

また、江戸時代に流行した大山参りや富士詣は、好山病ウイルスによるものであるという説を唱える歴史学者も現れた。

神奈川県の大山寺 江戸時代、大山信仰が大流行し、江戸の庶民は挙って大山寺に登拝した。
白子富士(富士塚) 江戸時代、富士講の活動が盛んに行われ、富士詣(富士登山)が流行した。富士山を模した富士塚は、富士講と係わる富士信仰のひとつ。

このままこの好山病ウイルスを放置すれば、国民が餓死するかもしれない。
また、山での事故や病気での死亡者が増加するし、環境問題も深刻化する。
特に、高齢者は事故や病気で命を落としやすい。

このウイルスは、日本だけでなく、世界中に広がっていて、世界中の経済活動が危機的な状態になっていた。発生源は不明だ。

とにかく、一刻も早く、ウイルスを終息させる必要がある。

政府は、緊急事態宣言を発出し、不要不急の外出の自粛を求め、感染者は隔離収容して外に出られないようにした。隔離施設として高層ビルを借り上げ、階段を登らせることで感染者の欲求を満足させた。
感染しても体調自体は健全であることから、特別な治療は不要である。したがって、医療施設に隔離する必要はない。自然治癒を待つしかない。ただし、高齢者や持病のある人は、運動自体がリスクになるので、鎮静剤を投与することで活動量を低下させる必要があった。

この病気は、治癒に数か月を要するので、感染者を収容する施設が逼迫してきた。

それでも、2年後には、ようやく終息した。

ガクトの山小屋は、また苦境に陥っていた。
客足が、ガクンと落ち込んでしまったのだ。
好山病が治癒すると、夢から覚めたように、山を拒否するようになってしまうのだ。トラウマなのかもしれない。数か月も山を欲し続けるのは、ある意味苦しみである。その苦しみから解放されるのだから、山を拒否するようになって当然だろう。
国民の多くが感染した結果、集団免疫を獲得して、やっと終息したのだ。多くの人が好山病の苦しみを味わったため、その反動により、山は閑散としてしまった。
そのうち、また元に戻るのかもしれないが、しばらくは経営難が続きそうだ。

コロナが収まったら、次は好山病。また次の新しい感染症が人類を襲うかもしれない。人類と感染症との戦いは、これからも続くだろう。

カプチーノと山が好き!